26.03.29.第81次年会合同礼拝『わたしに従いなさい』 マタイ16:21~28 教団代表 岩上祝仁先生
- 佐賀教会 インマヌエル
- 5月13日
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序〕今日から受難週。パームサンデーの今日はインマヌエル綜合伝道団第81次年会の最終日、全国の教会をオンラインで結び、合同礼拝を守る。信仰者として私たちが歩む時、罪赦され、神の御国に入れる。しかしそこで安心して止まるのではなく、キリストの似姿に変えられることを主は願っておられる。今日は、イエスさまから今日のみことばを語られたペテロに焦点を当てる。彼は三度、 「わたしに従いなさい」と主から語られた。
本〕Ⅰマタイ4:18,19
これはペテロへの召命。主はご自身に従う者を求めておられる。それはイエスさまの奉仕の目的が弟子づくりだから。漁師の彼にわかるように「人間をとる漁師にしてあげよう」と主は語られた。*天の御国に入れることだけでも望外の恵み。しかしその先がある。様々な葛藤を通らされる人生の中で、イエスさまと一緒に歩む「きよめの生涯」がある。
Ⅱマタイ16:24
イエスさまに従ったペテロに、さらに主は自分の十字架を負うことを求められた。なぜ敢えてそれのことを彼に強調されたか?それは、ペテロが十字架を認められなかったから。*私たちも十字架を負うことを求められる。十字架を負うとは何を意味するか?自分の思い、計画だけで突き進むのではなく、それを十字架につけること。誰よりもそうされたのは私たちの主だった。主は神としてのあり方を捨て、十字架を負われた。但し、この行動はイエスさまの愛から出ていたことを忘れてはならない。私たちにもこの愛による行動が求められる
Ⅲヨハネ21:19
これはペテロにとっての再召命。復活を信じ切れず、元の漁師に戻っていた彼を主は再び召された。彼の生涯の終わりが近づくと、「自分が望まないところに連れて行かれる」。これも十字架の生涯。それを告げられたうえで、「わたしに従いなさい」と主はペテロに語られた。
結〕 私たちの生涯もこれからの先のことはわからない。しかしルーツを大切に覚え、召された時のことを忘れずにいよう。人生の中でどんなことが起こっても、主はいつでも再出発させて下さる。新しい年度が始まる。これからも主に従っていこう。
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