25.12.28.年末感謝礼拝『世の終わるその時まで、私たちに保証されていること』マタイ28:16~20
- 佐賀教会 インマヌエル
- 1月21日
- 読了時間: 2分
序〕
今朝は、この世が終わるその時まで、確かに保証されていることを心に留めたい。
本〕
Ⅰ私たちに保証されていること
それは、いつもイエスさまが私たちとともにいて下さるということ。マタイの福音書は「インマヌエル」(1:23)で始まり、「インマヌエル」で終わる(28:20と言われている。「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」とのイエスさまの宣言から明らかにわかることは何か?それは今私たちが生かされている「この世」には終わりがあるということ。では誰が締め括るのか?それはすべての権威を持っておられるイエスさま。■「世の終わりまで」とあるが終わったら手放されるのかというとそうではない。世が終わったら新しい天と地が始まることになり、そこからイエスさまとの関係は永遠なので、そのことは言うまでもないこと。ただ肉体の命がある限り、私たちには戦いが続く。その間中、イエスさまは私たちから離れないでいて下さると宣言して下さった。
Ⅱその保証が継続されるための条件
①私たちが一生かけてイエスさまの弟子となっていくこと。
弟子となるには出発点があった。それがバプテスマを受けたこと。(19) 洗礼を受けて私たちはクリスチャンとされた。クリス=クライスト(キリスト) チャン=〇〇のもの。私たちはキリスト所属の者となった。だからイエスさまが私たちを守って下さるのである。
②イエスさまの命令を守っていくこと。
イエスさまの命令は何を見たらわかるか?聖書である。イエスさまから離れないということは、聖書から離れないこと。イエスさまにともにいて頂くために、私たちもみことばとともに日々生活することに努める。それはイエスさまとの日々変わらぬ交わりの生活を続けること。■復活されたイエスさまは、女性たちにいつものように「おはよう」と声をかけて下さった。「おはよう」には様々な意味がある。こちらが気まずくとも父母は変わらず「おはよう」と言ってくれる。そこには「もう赦している。大丈夫」との意味が含まれる。甦られた主も同じ思いだったのでは?
結〕
来年もこの「おはよう」をイエスさまは語り続けて下さるはず。「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえまでに変わることがありません。」(へブル13:8)このお方に生涯従って弟子となっていこう。
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