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25.11.23.聖日礼拝『自分の足でまっすぐに立ちなさい』使徒の働き14 章8 ~17 節   山本良子師

  • 執筆者の写真: 佐賀教会 インマヌエル
    佐賀教会 インマヌエル
  • 2025年12月1日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年12月25日

〕 人は見たものにとらわれやすい。奇跡やしるしを見たいと願う。聖書にある奇跡やしるしは事実であるがそれを認めようとせず、疑いや偏見で否定しようとする。もし目の前に奇跡が起きたなら信じますというのではないだろうか。イエス・キリストの十字架と復活を見たなら信仰をもって歩みだすことができる。                                                               


本〕

Ⅰ神には不可能はない

生まれつき足が動かず、一度も歩いたことのない人が神の権威と力によって語られたことばで立ち上がった。「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」(10)そのことばを聴いて彼は信仰をもって立ち上がり、歩き出した。神には不可能はない。人は信仰によって神のわざを見ることができる。                                                    


Ⅱ私たちは偶像崇拝に警戒しなければならない

群衆は奇跡を見て驚いた。それと同時にパウロとバルナバを崇めて祭ろうとさえした。私たちは偶像崇拝に警戒しなければならない。                                              

  

Ⅲ罪ゆえに歪んで真っすぐに立つことが出来ない私たちをあわれんでキリストは十字架にかかられた。


神は天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた。物も人も神によって造られた被造物である。しかし人は罪のゆえに心が歪んで、まっすぐに立つ事ができなくなった。しかしそのような者をあわれんでイエス・キリストは十字架でその罪を贖われた。よみがえられたキリストは今も生きて、私たちのために祈って下さっている。私たちは癒されるにふさわしい信仰をもってキリストを見上げよう。歪んだ心は回復し、軸がぶれない信仰の人となって恵みの中を歩むことができる。                                                        

 

結〕 自分中心から神中心の生き方に変えていただき、信仰の道を楽しみながら歩んで行こう。常に私たちの心を満たして下さるお方はあわれみと恵みに満ちておられる。

 
 
 

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