25.10.26. 教団創立記念礼拝&SP礼拝『私のすべての必要を満たし、支えて下さる神』 ピリピ4:18~20
- 佐賀教会 インマヌエル
- 2025年11月13日
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序〕80年の歴史を数える教団創立記念礼拝と、すぺしゃるサンデー礼拝の両方を覚えつつの礼拝である時、共通して考えられることは「感謝」だと示された。この年に至るまで確かに「インマヌエル」という名のごとく、神がともにいて下さったことは間違いない。同時に群れのために祈り、協力された信徒がたの存在に改めて感謝するべきだと示された。
それで今朝はピリピ書を開いた。
本〕Ⅰ牧師を支える信徒の姿~ピリピ教会の信徒たちからパウロ牧師へ
①彼らは牧師のことを心配する信徒たちだった。「私を案じてくれるあなたがたの心」(4:10)その心をパウロは「主にあって大いに喜んで」いた。(10)
②彼らは牧師を物心両面で支えていた。「物をやり取りしてくれた教会は他になかった。」(15) *ピリピ人への手紙の内容はそもそも「感謝状」だった。■パウロはその贈り物をどう位置付けていたか?「神が喜んで受けてくださるささげ物」(18) ささげる方も受け取る方も、これは健全な理解。実際には牧師や教会にささげるのだが、それは神さまに喜ばれる物であるように祈りつつささげるべきである。
③彼らは牧師と苦難を分かち合っていた。「よく私と苦難を分け合ってくれました。」(14) 良いことだけでなく、苦しみを分かち合う存在は大きい。
Ⅱ信徒に感謝する牧師の姿~パウロ牧師からピリピ教会の信徒たちへ
①パウロ牧師は信徒たちを愛していた。「私の愛し慕う兄弟たち。」(4:1)「あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。」(1:3)
②パウロ牧師が本当に望んでいたことは信徒たち自身の霊的祝福。=「あなたがたの霊的な口座に加えられていく実」(4:17) 神に捧げたことで私たちが貧しくなるようなことは絶対にない。神は収支を償わせて余りあるほどの祝福を下さる。これが霊の法則である。
結〕神は、キリストにある無尽蔵にある栄光の富で、私たちの必要のすべてを満たして下さる。80年を超えるこれからの教団も、私たちのこれからの教会もすべての必要を満たしてくださる神さまに期待して前進しよう。
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