top of page

25.10.05.聖日礼拝『なぜ平安を失い、どうしたら平安を取り戻せるか』Ⅱ歴代誌16:7~9

  • 執筆者の写真: 佐賀教会 インマヌエル
    佐賀教会 インマヌエル
  • 2025年10月15日
  • 読了時間: 2分

〕 今日は南ユダ王国のアサ王の生涯を取り上げる。聖書には私たちが不安に

   落ち込み、戦いに巻き込まれるのは神さまに拠り頼んでいないからだと

   書かれている。逆をいうならば神を信頼するならば平安を得る。

 

本〕Ⅰなぜ平安を失うのか

予見者ハナニはアサ王に忠告した。「これから、あなたには数々の戦いが起こるでしょう」(9) 「これから」ということは、これまではそうではなかった。まさにアサ王のそれまでの特徴は「平安」、国は「平穏」だったと書かれている。(Ⅱ歴代14:1、6) 続く7節にアサが平穏だった理由を告白している。「私たちが私たちの神、主を求めたからだ」具体的に彼がしたのは徹底した偶像の除去と神第一の姿勢に民たちを導いたこと。(同2、3)*そして人生一度目のクシュ人との戦いには合格出来た。  (同11~13) ■それなのに、二度目の北イスラエルとの戦いでアサ王は神以上に人に頼っている。=アラムとの同盟。「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に拠り頼みませんでした。」(Ⅱ歴代16:7) この時からアサは「数々の戦いに」巻き込まれ、平安を失っている。なぜ平安を失うのか。  それまでは祈っていたのに、段々と神に拠り頼まなくなるから。

 

Ⅱどうしたら平安を取り戻せるのか

「主はその御目を持って全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現わしてくださるのです。」(Ⅱ歴代16:9) ①神はすべてのことを隅々まで見ておられてご存じである。~私たちがどんな状況で戦っているのか。いまどれだけ不安なのか、神は知っていて下さっている。②神はご自分と一つ心になって生きている人に力を現わして下さる。~クシュ人との戦いでアサ王は必死に祈った。私たちにもあの時のアサのような弱さを求める心と、神だけに拠り頼む信仰が必要である。すべてをご存じの神が私たちに力と平安を下さる。

 

結〕 今朝の真理はシンプル。神に拠り頼めば大きな力が発揮できる。拠り頼まなければ痛い目に遭う。立場や環境がどうなっても、まずは祈って、神信頼して前進しよう。そうすれば平安な心で臨むことが出来る。

 
 
 

最新記事

すべて表示
26.01.11.聖日礼拝『内から外へ光を放つ私たち』イザヤ49:1~6

序 〕 2026年の教会標語「わたしはあなたを国々の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」 (6)「地の果てにまで」とは大きなスケールのように思う。しかし創造者である神には当然のこと。私たちは視野を広げなければならない。本章は「主のしもべ」について書かれている。   本〕 Ⅰ主のしもべとは誰か 3節に「わたしのしもべイスラエルよ」とあるが、3節冒頭に「私」とかその次に「あなたは

 
 
 
26.01.04.年頭礼拝『むしろ、神さまから知られ、覚えられている私たち』イザヤ49:13~16

序 〕 今朝は一年最初の日曜礼拝。本来ならばその年に与えられた教会標語に基づいて語るが、今朝はその目標を期待して下さっている「神さま」について、まず心に留めるように導かれた。キーワードは「あわれみ」。あわれみ=ヘブル語原語では“ともに苦しむ”との意味。   本〕 Ⅰあわれみとは神さまのご性質-「主がご自分の民を慰め、その苦しむ者をあわれまれるからだ。」(13) 神があわれみ深いというのはどの宗教で

 
 
 
26.01.01.元旦礼拝『みことばの力によって望むことを成し遂げ、成功させる神』イザヤ55:8~11

序 〕 新年最初の礼拝で心に留めたいことは、「神さまのみことばの力」である。   本〕 Ⅰ圧倒的なみことばの力-11節 本章の背景~バビロンとの戦争に敗れて国が滅ぼされ、イスラエルの民たちは皆、奴隷にされた。そんな彼らにイザヤは、70年後には解放されて、国に戻り、神殿も建て直すことが出来ると預言した。ところが誰も前に進もうとしなかった。彼らはあきらめていたからである。■私たちも、何度やっても失敗ば

 
 
 

コメント


  • Facebook
  • Youtube

© 2025 インマヌエル佐賀キリスト教会 - Wix.com で作成されたホームページです。

bottom of page