2025.08.03.『苦しみを主にゆだねて、信頼して生きる喜び』詩篇31:5~8
- 佐賀教会 インマヌエル
- 2025年8月11日
- 読了時間: 2分
序〕
先週のSP礼拝で心に留めたことは「神との信頼関係を取り戻す」ということだった。
今朝もこの一事を、試練の中で体験したダビデの信仰を取り上げたい。
本〕
Ⅰダビデが置かれていた当時の状況-①ダビデ本人の姿-「死人、壊れた器」(12) ②彼の周囲の状況-「堅固な城壁の町の中」(21)=「包囲された町」(第三版訳) つまり、ダビデはどこからも助けがない孤立無援状態だった。
Ⅱダビデの苦しみの原因
「多くの者がささやくうわさ」(13)*自分の知らない所であらぬうわさだけが一人歩きして、それを鵜呑みにした人々が彼をそしり、恐れ、避けて離れて行った。(11)*形は違うが、現代でもSNSで不特定多数の人々があらぬ噂を立てて誹謗中傷し人を傷つける。心の根にあるものは今も昔もまったく変わっていない。
Ⅲ苦しみの中で芽生えたダビデの信仰
どうしてこのような状況でダビデはつぶれずに済んだのか?それは神さまに対する彼の信頼のゆえである。これを31篇にある彼の言葉でいえば「ゆだねる」ということ。■ゆだねるとは無責任になることでも、現実逃避することでもない。ゆだねるとは、①「神さまがすべてご存じです」と言える信仰に立つこと。(5)②信頼の的を神さまお一人に絞るということ。(6)*信頼関係は相互の関係で、give and takeで成立する。しかし神さまと私たちは対等ではない。私たちが神さまにお返しするものは何もない。そこで大切なのが、この「ゆだねる」ということ。何も出来ないからこそ、すべてをご存じの神さまに全幅の信頼を寄せる。それを神さまは喜んで下さる。
結〕
「私の霊をあなたの御手にゆだねます」(5)は十字架上でイエスさまが発した七つの言葉のうちの最後の言葉。「父よ。わたしの霊をあなたの御手にゆだねます。」ルカ23:46 人生の最期に私たちもイエスさまのようにすべてを神さまにゆだねることが出来る生涯を過ごせるように祈ろう。混乱と喧騒の現代で、世の終わりが近いとだた騒ぐのではなく、私たちは静まって神との信頼関係を取り戻そう。それが試練を乗り越えさせ、私たち人間の救いになる。
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